朝日の眩しさや空気の冷たさで目覚める生活から離れ、目覚まし時計の規則正しい音に起こされる生活に戻ってしばらく経っていた。
身体を起こせばかつての平和すぎた日々の自分の部屋と同じ景色で、ルシになったことも冒険をしたことも全てが夢だったのではないかという錯覚さえ覚える。けれどクローゼットを開けば旅の間着ていた服と使い慣れた武器があり、それを毎朝手にして、夢であったわけがないと確認することはここのところ彼の日課となっていた。
起きる時間もかつてより早くなった。毎日仕事に夜遅くまで務める父のために朝食を作らなければならない。母の不在を思えば今でも辛いが、どす黒いものが身のうちに渦巻き、身体を引き裂こうとしていたあの時とは違い、今は穏やかな気持ちで母の死とも向き合うことができていた。
ホープは学校へ行く服装を整えると台所へ向かう。料理といっても簡単なものだったが、それも全て旅の過程で仲間から教わったものだった。この料理を教えてくれたのはサッズさんだった、とか、ヴァニラさんに教わった料理を今日は作ろうか、などと考えることも、あの過酷な、それでも素晴らしい旅を思い出させる大切な時間であった。

それともう一つ。確かに旅をした証拠がある。
ホープにとってはそれが一番大切で、大きなものだった。

ライトニングへの恋心。

それはホープを一番強くしてくれたものだった。
それなしでは彼はずっと弱いままで、文句ばかり言うただの子供であっただろう。
旅が終わってからライトニングとは一度も会っていない。そのことがホープにとっては苦しかった。一緒に居たときよりも日々思いは募るばかりで、街の群衆の中に思わず彼女の姿を探してしまう。

そうとう重症だな、僕は。

作った朝食を皿に盛りながらホープは苦笑した。


「行って来ます、父さん。」
「行ってらっしゃい、気をつけるんだぞ。」

かつてはありえなかったこの会話も最近はホープの暮らしに定着し、彼を穏やかな気持ちにさせていた。教材が入った鞄を背にホープはもう一つ、挨拶をこぼす。

「行ってきます、母さん。」

玄関に置かれた母の写真は柔らかく微笑み息子を送り出す。ドアを開けると眩しい朝日が差し込み、ホープは軽く手をかざした。今日もきっといい日になる。
彼は最近背が伸びたせいかきつくなってきた靴で一歩踏み出した。


ライトニングは待っていた。学校の前で目当ての人物が通りかかるのを待つのはどうにも恥ずかしいが仕方がない。ちょうど昼過ぎに家を訪ねたが、ホープもその父も在宅しているわけがなく、家の前で待つのもどうにも性に合わなかったのだ。
ライトニングは足につけた鞄に妹から頼まれた物が入っているのを確認し、また腕を組みなおす。今日は元から非番だった。セラにどうせ暇なら、と実に不本意な理由で彼女が注文していた品物をわざわざパルムポルムまで取りに来させられたのだ。お前もどうせ暇なのだから自分で行け、と文句を言うと、妹は笑って、そんなに嫌でもないくせに、などと憎まれ口を叩いた。反論したいところ山々だったが、実際ライトニングは反論できずに終わった。

「本当はホープ君に会いたいんでしょう?」

とセラは笑っていたが、それは召喚獣のように最終手段で、しかもライトニングには効果てきめんだったのだ。旅が終わってから毎日セラに会いに来るスノウとは嫌というほど顔を会わせていたが、それ以外の仲間には一度も会っていなかった。先日ヴァニラから連絡が来たが、どうやら彼女たちもホープとは会っていないらしい。
家に行っていなかった時点で諦めることも考えたが、それでもその考えを振り払ってこんなところで長々と待つほど彼女はホープに会いたかった。
え、ライトさん!?どうしたんですか!?などと言って駆け寄ってくるであろうホープの表情を想像し、ライトニングは笑いそうになった頬を必死にこらえる。危ない、こんなところで一人で笑っていてはただの変質者だ。
ぱらぱらと生徒が門から出てき始める。学校が終わったのだろうか。ライトニングはじきに現れるであろうホープの姿を探すため顔を上げた。


ホープは荷物を整理し、鞄を持つとポケットから今日買わなければならないもののリストを取り出した。今日はライトニングから教わった料理を作ろうと考えていた。ライトニング曰くそれはセラの好物でよく作っていたのだという。幸せそうに、けれどどこか切なげに妹のことを語っていたライトニングの表情を思い出し、ホープは小さく眉を顰めた。正直なところ、彼女にあんな表情をさせたセラがうらやましくも疎ましくもあった。そんなことを少しも臆面に出したいとは思わないしライトニングが心からセラを大切に思っていることはわかっている、けれど、自分はきっとライトニングにあんな顔をさせることはできないのだ。ホープは小さく溜息をついて門へ向かう。一緒に帰ろう、と誘ってきた友人に今日はよるところがあるから、と笑って顔を上げたところでホープは硬直した。

ライトニングが、そこで笑っていた。


「ライトさんっ!?どうしたんですか!?」

予想以上に驚いた様子で駆け寄ってくるホープを見てライトニングは思わず笑った。少し背が伸びたのだろうか。そんな成長も微笑ましくて、ライトニングは腕組みを解き、ホープの前に歩み寄る。

「ああ、たまたまパルムポルムまで来る用事があってな。せっかくだから、会っていこうと思った。」
「わざわざ待っててくれたんですか・・・?ありがとうございます。」

旅をしていた時とは全く違う学生服に身を包むホープは不思議なことに普段よりも大人びているように見える。彼女はホープの肩に触れて似合うぞと笑って、家に帰るのか、と続けて尋ねた。

「いえ、夕飯の買い物をしようと思ってたんですけど・・・」
「そうか。今はお前が家事を?」
「はい。まだまだ修行中ですけど・・・」

そう言って明るく笑って見せたホープはやはり大人になったようだった。母を亡くしたことで生活に支障をきたしていないか不安だったが、いらぬ心配だったようだ。ライトニングはそう胸中で安堵する。

「買い物なら付き合う。」
「え、いいんですか?」
「ああ、私がいきなり来たんだ。それに、お前に会えればいいと思っていたからな。」

そう言ってライトニングは歩き出すが、ホープからの返事がない。不審に思って振り返ると、ホープはきょとんとしてい自分を見ていた。

「ライトさん、僕に会いたいって思ってくれてたんですか?」
「お前なぁ・・・、私だってそのぐらい思う。ヴァニラとファングも会いたいと言っていたぞ?」
「あ、ありがとうございます・・・」

俯いてしまった顔を覗き込もうとしたら、隠すように彼は行きましょう、と叫んでずんずん歩き出してしまった。結局わけのわからぬままライトニングがホープの後を追いかけることになった。


随分前から感じていたことだが、今日ホープは再確認した。ライトニングは信じられないほど鈍く、天然で、彼の地雷を次々と踏んでいく。会いたいと思っていた、なんて言われては恥ずかしすぎて顔が見られなくなる。火照った頬が冷えたことを確認してからホープは買った食材と一緒にベンチに座っているライトニングの元に戻り、缶ジュースを差し出した。

「はい、どうぞ。」
「ああ、ありがとう。」

二人が今居る広場はかつてホープとスノウが逃亡したときにPSICOMの襲撃で大破した場所であったが、今はもうその名残もないほど完全に修繕されていた。あの時のことを思い出すと、スノウに対して酷いことをしまったと、今でも胸が痛い。

「懐かしいな。」
「・・・はい、そうですね。」

ライトニングもそんなホープの思いを察したようで柔らかくそう声をかけてくれる。見えない未来に怯えながらも手探りに進み始めた、ここはそんな場所だった。
そしてまた、ここは大切な思い出の場所になるだろう。ホープはそう考え、ライトニングの隣に腰をおろした。隣を見れば目に痛いほど真っ青な空が目を背景にライトニングの髪がゆるく風にゆれている。

「ライトさん、今日お仕事は?」
「今日は非番だ。でも、明日は普通に勤務だから、早めに帰るつもりだ。」
「そう、ですか・・・大変ですね。」

本当は家によって夕飯でも食べていって欲しかったが、それならば仕方がない。ホープは小さく肩を落とす。会えただけでも嬉しくて満足なはずなのに、自分はどんどん欲張りになっていっている。もっと一緒にいたいだなんて、こんなこと考えてるだなんて知れたら、迷惑に思われてしまうかもしれない。そう考えて次の話題を必死に探しているとライトニングの手が自分の膝に触れた。

「また来る。今度はお前が作った夕飯でも食べたい。」
「・・・え?」

その言葉に顔を上げるとライトニングは優しく笑っていた。この材料なら、私が教えてやったやつだろう?と訊かれ、ホープはこくりと頷いた。

「また来るから、うまく作れるようにしておけよ。」

そう言ってくしゃりと髪を撫ぜられ、ホープは顔が熱くなるのを感じた。

全く、この人には本当にかなわない。

もちろんです、ホープは小さく呟いた。





あおいそら、


ひとつういた 雲