「ホープの誕生日パーティー?」 弾んだ声でそう問い返したヴァニラに向かって思わず、しっと人差し指を唇に押し当てた。この場にその張本人が居るはずがないことはわかってはいるのだがなんとなく気恥ずかしいのとどうしても彼には秘密にしておきたい思いが相まって自然と声が小さく低くなった。 「ホープには言うなよ?」 秘め事となるとどうしても胸が高鳴ってしまうのが人間の特性。まるで軍部の最重要事項を密談するかのように額を詰め寄せそう告げたライトニングの言葉を聴いて、妙に生き生きと楽しそうにその場のメンバーはそれぞれ頷いた。 「んで?具体的には何すんだ?」 にやり、音をつけるとするならばまさにそうとしか言いようのない笑みをファングが浮かべる。スノウに至っては、ばしばしと固めた拳を自らの手のひらに打ち込み、腕がなるぜぇ、とでも言いたげである。
「私とスノウは会場の準備、ファングとヴァニラは食料の調達。セラとサッズは料理だ。」
メンバー的には実に微妙な区分けであるがそれぞれの特性を考えれば、セラとサッズが調理を任されるのは仕方のないことで、会場となるのがライトニングの家であることを考えると、スノウとライトニングがペアになる必要があったのだった。
俺はやるぜ、セラ・・・! 心のうちでそう決意をかためつつ、さっさと家の外に繰り出していくライトニングを追いかけるべく上着を羽織った。
今晩はライトさんのところにシチューでも持っていこう。
ライトニングとて料理をしないわけではなかったがそれはホープでさえ苦笑してしまうような男の料理であったり、面倒だからといって出来合いのもので済ませてしまうことが多いのを彼は知っていた。ホープはと言えば、亡くなった母の代わりに家事を引き受ける生活が長く、今や料理は得意分野にまでなっていた。
「ほう、お前にしては趣味がいいな。」 お洒落な服屋や雑貨屋なども立ち並ぶその通りのとある店の軒先でライトニングとスノウは親しげに何やら品物を覗き込み話し込んでいた。ホープが動揺したのは彼らが二人きりであったということだ。いつもならその間にセラの姿があり、ホープだって迷うことなく話しかけるところである。しかしあまりにも二人が笑顔で話しているところ、まあスノウが気さくな笑顔で話しているのはいつものことなのだが、特にライトニングの柔らかく何か大切なものに向けているような微笑みが胸に刺さった。
まさかライトニングとスノウが二人きりで買い物を?
ありえない、そう言い聞かせても悪い考えは彼の意思に反して脳裏を駆け巡る。
「ほう、お前にしては趣味がいいな。」 二人が考えていたのは誕生日を祝う予定となっているホープのことである。そのネックレスは細身ですらっとした大人になったホープにぴったり似合うように思われたのだ。
「プレゼントとか用意するんだろ?皆から一個?」 あっけらかんと安易にそう提案したスノウの相変わらずな短絡思考にライトニングは深い溜息を吐いた。何でも考える前に行動するのがこいつの長所であり短所でもあるのだが、流石に呆れを隠せない。
「お前なぁ、全員から渡すものなんだから、全員で選ぶべきだろう?」 ははは、と笑うスノウにもう一度わざとらしく溜息を置いてライトニングは再び帰路を歩き出す。お前は考えてないんじゃなく、考える気がないんだろうが・・・、そう脳内で呟きながら。
『ホープ?どした?』 思わず今までベッドに投げ出していた足を引っ込めてそろえてしまう。緊張で喉がからからだった。 「あのさ、今日・・・、どっか出かけた?」 ライトニングと一緒に何をしていたか、と直球に聞こうかと迷ったが、結局そんな探りを入れるような聞き方になってしまう。ああ、本当に度胸のない奴だ。そう自分を卑下しながらスノウの返事を待つが、いつもだったらコンマ二秒で考えなしに答えてくるはずの声がない。どくん、と心臓が大きく音を立てた。 『いや、行ってない。』
僅かに口ごもるように、スノウはそう告げた。
「・・・そっか。ならいいや。」
一方的にそう畳み掛けるように別れを告げてホープはスノウとの通話を切った。スノウはライトニングと二人で出かけたことを自分に隠した。自分だけじゃない、もしかしたらセラにだって隠しているのかもしれない。
「それ、父さんから。スノウとライトさんに。じゃあ、僕は帰るから。」 引き止める声も聞かず早足に歩き出す。血が上る、というよりも頭が真っ白だった。スノウを責める思いも、ましてやライトニングを責める思いもなく、ただ自分ひとり取り残されたような虚無感を味わっていた。背後ではスノウが何やら騒いでいる声が聞こえたがそれすらどうでもよかった。 「ホープ!」
大きな声で彼を再び呼び止めたのはスノウではなかった。ホープは唇をかみ締め、立ち止まったが、振り返ることはできなかった、いや、振り返らなかった、のほうが正しいかもしれない。風が冷たいと言うのに上着も着ずに走って追いかけてきたのだろう。ホープに追いついてその肩に手を置いたライトニングは少し寒そうであった。
「ライトさん、どうしたんですか?風邪引きますよ?」 ライトニングの言葉に嘘はないようで細い眉を小さく寄せてホープの前に回りこんだその声は彼を気遣うような声色だった。もし僕が来たら今日みたいにスノウが居たんじゃないですか、そう皮肉に吐き捨てそうになり、必死でこらえて笑顔のままホープは答える。
「だって、お邪魔でしょう?」 いつもはっきりと物を言うライトニングの声に、迷いが含まれた。ホープは腹の底で押さえきれない感情が鎌首をもたげるのを感じる。
「何のって、今もスノウと一緒にいたんでしょう?」 気付けば肩にかけられたライトニングの手を乱暴に振り払いそう叫んでいた。ライトニングには自分の感情などわからないのだ。スノウと一緒に時を過ごしながら自分を心配なんてしてほしくなかった。 中途半端に構うのはやめてくれ・・・!
「僕の心配なんかしなくていいですよ・・!スノウと一緒にいればいいでしょう!?」 叱咤するようにそう名前を呼ばれたがもうどうにも収まらなかった。引きとめようとするライトニングの手を振り解き駆け出した。悔しさと、悲しさと、やり場のない怒りがホープを苛んでいた。
「そんなに落ち込まなくてもいいんじゃ・・?」 ライトニングはすっかり落ち込んでしまって、もう嫌だ、などと呟きながらソファに体育座りをしている。よっぽどホープに怒鳴られたのがショックだったらしい。 「まぁ、義姉さんは見たことなかったか・・・」
あいつ、怒ると怖いんだよなぁ・・・ ホープの誕生日は明日にまで迫っていた。
ピンポーン 普段あまり使われることのない家のチャイムが高らかに鳴り響き、彼は文字通り飛び上がるほどに驚いた。とんとんと胸をたたきながら水分が足りず口内に張り付くように残っていたパンを喉のおくへと押し込み、慌ててインターホンをとる。
「はい、」 おかしい、どうしてヴァニラがここにいるのだろう、彼女はファングと共にかつての彼女たちの故郷に宅を構えているはずだ。こんなところにいるはずがない。そう疑念を抱きつつドアを開けるとそこにはヴァニラだけでなくファングの姿までもがあった。 「ひっさしぶりー!」 いつもどおりのテンションの高さでそう告げるヴァニラにいまいち追いつけないままホープは、お久しぶりです、などと返事を返す。ホープの戸惑いなどまるで意に介さず、ファングが彼を急かした。
「ほら、出かけんだからさっさと準備しな!」
何なんですか?と問い返す暇もなく乱暴にドアを外側から閉められた。理不尽だ。わけがわからない。口には出さないまでもそう脳内で文句を吐きながらホープはとりあえず彼女たちを長い間待たせるわけにもいかず、慌てて服を着替える。一体どこに行くというんだろう。どこかに出かけたい気分などではないのに・・・
「あの、僕あんまり出かけるような気分じゃ・・・」 はいはい、いくよー!といつもどおりの強引さでヴァニラはホープの手を引き歩き出す。無駄だとはわかっていても、説明してくれ、という目でファングを見ずにはいられなかった。 「ま、すぐにわかるさ。」 ・・・・・答えてはくれなかった。
「誕生日、おめでとう!!」
ぱちくり、と瞬きすれば、そこにはかつてのルシ仲間がそろっており、サッズの息子ドッジも、セラもたった今空になったクラッカーを手に笑っていた。 「・・・え?」 未だ事態が把握できないホープに対してセラが笑う。 「ホープ君、今日誕生日でしょ?お姉ちゃんがね、どーっしてもホープ君の誕生日パーティーがやりたいっていうから、皆で計画したの。お姉ちゃんもスノウも不器用だから・・・、なんか、いろいろあったみたいだけど・・・」 でも、お姉ちゃんもスノウもホープ君に秘密にしたかっただけだから、許してあげてね。そんな風に語りかけられ、ホープは途端、脱力した。
「・・・じゃあ、街で二人で居たのも、」 すまんっ、と再び頭を下げたスノウから目を離し、ライトニングを見れば、彼女は小さく眉根を寄せてそっぽを向いている。
「二人で家に居たのも・・・」 別にスノウと仲良く話していたわけじゃない。そう付け足しライトニングは苦笑した。
「お前にあんなことを言われて、結構傷ついたんだぞ?」 確かに、そう考えてみれば昨日自分はかなりひどいことをライトニングに言ってしまった。申し訳なさと恥ずかしさからホープは俯く。どうして思い当たることが出来なかったのだろう、ホープは一人で勘違いして先走り、激昂した自分がどうしようもなく情けなかった。
「でも、いい。これで誤解はとけただろう?」 柔らかくライトニングがそう微笑んで祝いの言葉を述べたのを皮切りに、仲間達のどんちゃん騒ぎが始まった。
「ホープ、」 からり、と窓が開けられる音と共に優しく澄んだ声色で呼びかけられた。振り返らなくてもわかるライトニングの気配は静かに自分に歩み寄ってきている。
「疲れたか?」 ライトさんはどうしたんですか、そう尋ね返すと、私もお前と同じ理由だ、と簡単に返された。見れば確かにその白い頬は軽く上気しているようで、頭がぼんやりしてかなわない、と、隣の思い人は笑う。
「ライトさん、僕、本当にすみませんでした。酷いこと言ってしまって・・・、」
そう穏やかに言って柔らかく微笑まれ、ホープは小さく頷く。自分の勘違いから彼女を傷つけた申し訳なさと、自分の考えがただの早とちりであったことへの安堵からホープはなんだかすっかり力が抜けてしまっていた。
「あ、ライトさん、今、見ました?」
たった今一つの星が流れていった箇所を指差し、隣のライトニングを振り返った瞬間、流れ星の存在を告げようとした唇を優しいキスでふさがれた。
「ライト、さん・・・?」
半ば誤魔化すようにホープの問いを遮ってライトニングはそう祝いを述べた。部屋で火照ったのか、それとも先ほどの口付けの名残か、ライトニングの頬は淡く色づいている。 「これは、私からのプレゼントだ。気に入ればいいが・・、」
他人へのプレゼントなど、選んだことがなかったから、とこぼすライトニングの手にそっと触れて、ホープは、開けてもいいかと許可を請う。戸惑いがちに頷いた彼女の目の前で、ホープはそっとリボンを解いた。
「私のを見せて、作ってもらった。」
「ホープ・・・、」 嗜めるような口調を遮ってホープは笑う。
ホープが少し屈むようにして彼女がネックレスをつけやすいようにしてやると、ライトニングはその赤い顔を保ったままホープの首の後ろに手を回した。 「大好きです、ライトさん。」 きつく抱きしめ自らの胸にライトニングの頭をかき抱く。すると、思いがけない言葉が返ってくるのであった。 「私もだ。」 驚いてその顔を覗き込むとライトニングは淡く頬を染めたまま微笑んでいた。 「おめでとう、ホープ。」
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One more kiss
For you
こんな辺境サイトに相互リンクしてくださった「PepuPu」の光希様に捧げます。 読んでくださった方はお分かりになると思いますが・・・ このサイト上かつてない長編になっております(笑) そもそも管理人、何の脈絡も落ちもない短編しか書けないため、かなりの時間を要してしまいました。 その上上手さの欠片もありませんが・・・、こんな小説でも楽しんでいただければ幸いです。 では光希様に、愛を込めて。 Starless 入
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