山の天気が変わりやすいとはよく聞くが、ずっと商業都市であるパルムポルムに住んでいたホープはそんな教訓めいたことを実感することはなかった。しかし彼はいま、グランパルスを歩く一行を突如襲った大粒の雨のせいでびしょぬれになった服を絞りながら、教訓というのはやはり間違ってないのだと痛感していた。
ファングとヴァニラの野生の勘で洞窟を見つけそこに逃げ込んだからよかったものの、いつまでもあの雨にうたれていては体力を消耗しへばってしまうところだっただろう。
とりあえずは彼女たちの野生本能に感謝だ、とホープは額にはりついた前髪をかきあげた。
洞窟の奥ではファングがなれた手つきで火をおこし、ヴァニラが、風邪引くよー?などと笑って暴れるスノウの服を剥がしにかかっていた。自分よりも随分と体の大きいあのスノウでさえヴァニラの手から逃れることができないのに、自分があの餌食になったら・・・。想像してホープは寒さとは違う意味で震えた。以前の自分ならばこんなところで服を脱ぐなんて考えることもなかったが、彼女の言うとおり水をかぶったままの格好でいれば風邪をひいてしまうだろう。
ホープはひとつ溜息をつき覚悟を決めると服を脱ぎ、そばにあった乾いた岩にそれを置いた。すっかり剥がれたスノウの上半身に比べれば自分の身体はかなり貧弱だが、そんなことを言ってもいれないだろう。自分たちには風邪をひいて床についているような時間は残されていないのだ。

見ればヴァニラとファングは洞窟の奥の方へ向かったようだった。スノウとサッズに、見るなよーなどと笑っているところを見ると彼女たちも奥で濡れそぼった服を脱いで休むらしい。
そこまで考えてホープの思考が停止した。

あれ、ライトさんは・・・?

奥の方に既に入りかけていたファングを必死に引きとめ、ホープは勢いよく尋ねる。

「あ、あのっ、ライトさんは!?」
「あ?ライト?んー・・・そういやいねぇな。」

どこまであいつ居たっけ?と言ってファングも辺りを見渡すが、ホープが見つけられなかったものが彼女に見つけられるわけがなく、相も変わらずそこに居るのはライトニングを除いたメンバーだけである。
どっかではぐれたか?と呟くように言って眉を顰めたその一言にホープは素早く駆け出した。先ほど脱いだ上着だけを羽織って未だ大粒の雨が降り続いている洞の外を見上げる。これほどの雨だ。視界も利かない。走っている途中ではぐれたのかもしれない。いくらライトニングが強いと言ってもグランパルスの魔物は規格外だ。一人では危険すぎる。

「探してきます!」

駆け出したホープの背を、気をつけろよーという暢気なスノウの声が後押しした。


雨の中ライトニングの名を呼び続けてやっと彼女を見つけ出したときには仲間たちの待つ洞から大分離れてしまっていた。ライトニングは一人雨をしのげる小さな岩陰にすわりその膝に顔をうずめていた。

「ライトさん!」

必死に名を呼ぶとようやく探し人が顔を上げる。自分を認めたその表情には何故、という困惑の色が濃かった。駆け寄って自分も岩陰に入り込み、大丈夫ですか、と覗き込むと、ライトニングは戸惑いながらも頷いた。

「よかった、怪我はありませんか?」
「ホープ、どうしてここに・・・」
「怪我はありませんか?」

ライトニングの質問を遮り強く尋ねると彼女はまたおずおずといった感じで頷く。やっとそこでホープは安堵し疲れた足を休めるべく腰を下ろした。

「やっぱり、途中ではぐれてたんですね・・・無事でよかったです。」
「ああ・・・、皆は?」
「無事です。ここからすこし離れたところに洞窟があったので、そこで休んでます。」

そうか、と言ってから寒そうに身を震わせたライトニングを見てホープはどうしよう、と考えた。先ほどのヴァニラの台詞が頭をよぎる。このままでは体が冷えてしまう、けれど・・・、
彼は一瞬迷いかけて首を横に振った。今はそんなことを考えている場合ではないのだ。

「ライトさん、服、脱がないと冷えます。」

ホープは自分の上着を脱いで傍に置くと、できるだけライトニングの方を見ないようにして魔法で火をおこす。が、頭の中は真っ白でライトニングに対する好意とぬぐうことのできない欲望と自分を律する正義感がぐるぐるとうずまき、上手く息を吸うことさえできない。隣で響く衣擦れの音に彼は必死で心頭滅却、心頭滅却と胸のうちで繰り返す。
それでも辛うじて自分のライトニングを守りたいという願いだけは残ってくれていたようで冷たい風から彼女を守るようにホープは体の向きを変えた。

「わざわざ来てくれたのか。」
「・・・え、あ、まあ・・・はい・・・、いくらライトさんでも、パルスの魔物は危険だと思ったんです。」

でも、僕じゃあんまり変わりませんね。そう笑って、ごまかすように付け足そうとしたら、途中でライトニングに遮られた。わざわざ背を向けるようにしていたにも関わらず、彼女はホープを覗き込み火を強めていたホープの手に軽く自身の手を重ねる。

「そんなことない。お前が来てくれて、安心してる。」
「う、ぇ・・・そ、そうですか・・・・?」

緊張と動機と頭が真っ白なのとで自分でも何と言ったかわからないほどの素っ頓狂な声が出る。どうしよう、どうしたら、こんなときどうしたらいいのかライトさんは教えてくれていない。ホープは真っ白な頭を必死に回転させる。

「ああ、よかった。」
「ぼ、ぼくも・・・ライトさんが、無事で・・・よかったです・・・、今日は、ここで・・・一晩明かしましょう・・!明日の朝になればきっと、雨も止むと思います!」
「そうだな。」

手に触れられたことも、普段の自分ならば飛び上がるくらい嬉しいことを言われたにも関わらず反応できずにいるのに、ライトニングはさらに追い討ちをかけるようにホープの背に彼女自身の背中を合わせてくる。

ぷちん

どこかで何かが切れる音が響いた。


思わずライトニングの身体を後ろから抱きしめていた。自分よりも大きいけれど、自分よりも細い気がしてホープは思わずぎゅうと力をこめる。一体何が起こっているのか自分でのわからないまま、それでも一時でも多くライトニングの温かさに触れていたくて、彼はライトニングのふわりと乾き始めた髪に顔をうずめた。

「ホープ?」
「え、あ、え、えっと・・こ、こっちのほうが、あったかくありませんかっ・・!?」

何してる、と拒まれるかとも思ったが、抵抗も拒みもせずおとなしくライトニングは自分の腕の中に納まって、小さく頷いた。

「・・・そうだな。温かい。」

くすりと笑ったライトニングの横顔を見たのを最後に、彼は考えることを諦めた。





鈍感思春期


(思い切っても、抱きしめるのが限界だなんて・・・)