あの長くて苦しくも、素晴らしい旅が終わってから、七年もの月日が流れた。旅の終わり、ライトニングはクリスタルになった。凍るように美しく、それでも、触れればひんやりと冷たく、呼びかけても答えることはない。旅の中で多くのことを彼女から学んだ。戦い方、勇気、信じる心、そして、愛する心。強くならなければ思いを告げることなどできない、そう思っていた。そう考え、伝えなかった結果が、これだった。ライトニングはクリスタルになり、自分は生き延びた。そして、自分は成長し大人になった。ライトニングは、あのときの姿のまま、何も変わらない。

「ライトさん、」

泉は美しく、光をこぼすような花が咲き乱れている。けれど、ここに来れば溢れるのはライトニングへの思いと後悔だけだった。彼女の代わりに自分がクリスタルになることはできなかったのか。待つ以外に方法はないのか。もしこのまま、永遠に彼女が目覚めなかったら、自分は―・・・、

「僕は、もう、あなたと同い年になっちゃいましたよ。」

笑いながら呟くと、またどうしようもない悲しみがホープを襲った。もうこんなにもの月日が経つと言うのに、痛みは今も鮮やかに傷ついたままの心に花開いている。むしろ時間が経てば経つほど鮮やかに、大輪になっていく。自責の念は尽きることなく、溢れる。

「ライトさん・・・、」

胸を抉るような苦しみにホープは俯いた。かつてのように声をかけてくれるライトニングを何度も夢に見た。そして覚めては泣いた。いっそのこと共にクリスタルになれたらよかったのにと。 涙を流すことなどもうほとんどなかったがライトニングのこととなれば別だった。この場所で目覚めない彼女を見るたびに目の奥が熱くなる。
いつも彼女が目覚めたときに示しがつかない、と自分を律してきたが、そんな慰めさえも今の自分には辛いことだった。

「待ってて、いいんでしょうか、僕・・・」

喉の奥からこみ上げる熱いもので言葉が詰まった。必死に歯を食いしばって、泣いた。

強いのに、いつだってどこかに行ってしまいそうだったあなたの手を、離さないと誓ったのに。

柔らかな草原に膝をつき、溢れる涙を拭うことに夢中になった。嗚咽が響く。情けない、また泣いてしまった。強くなったと、思っていたのに。

「僕は、あなたが居なくちゃ、弱いままですよ。ライトさん、だから・・・、どうか、」

目覚めて、

そう呟いてクリスタルとなったライトニングの手に縋り付いた時だった。

ゆっくりと、氷がとけるように、淡い蕾が美しく花開くように、ライトニングの手に温もりが宿った。
春を告げるような穏やかな風が、淡い桃色の髪を優しく揺らす。

ただ呆然とその光景を見ていたホープの目の前で、ライトニングが動き出す。
薄く閉じられていたその硝子玉のような瞳が、ホープを、捉えた。

「ライト、さん・・・」

彼はまだ事態を理解できないまま、それでも待ち続けた想い人に手を伸ばす。夢でも何度も見た光景だった。彼女の目覚めを喜び、手を伸ばし触れようとした瞬間、目が覚める。そんな夢に幾度も涙を流していただけに、手放しで喜ぶことなど出来なかった。また夢であったら、そう疑う心が彼を恐怖に駆り立てる。
けれど、触れずには居られなかった。

淡く色づいた白い頬に触れれば愛しい人の身体はしっかりと温もりを宿し、髪を撫でればやわらかな感触が掌を伝わった。

「ライトさん・・っ・・・」

抱きしめないことなど無理だった。自分が成長したぶん、小さく、そして細くなった身体はすっぽりと腕の中に納まり無抵抗に自分に従っている。
ホープはただ、その腕の中にある体温が香りが気配が愛しくて抱きしめる腕の力を強めた。

「ライトさん、ライトさん、ライトさん、ライトさん・・・っ・・」

幾度もその名を呼べば呼ぶほどに愛しさが溢れ出す。彼が何年もの間流していた涙とは違う、温かい涙が溢れ出す。もう約束のない未来を待つことはない。堪らず、ホープは一気に捲し上げた。

「僕、ずっと待っていました。あなたが目覚めるのを。皆、あなたが目を覚ましてくれるのを待ってたんです。セラさんもスノウも、結婚式を挙げないであなたを待ってます。それにヴァニラさんもファングさんも、サッズさんも。みんな、皆あなたを待ってたんです。」

ライトニングの肩を掴んだまま、そう言って覗き込むと、彼女は未だぽかんとホープを見上げている。その沈黙にさすがに不安になったホープが、ライトさん、わかりますか、と確認しようとしたとき、初めてライトニングが口を開いた。

「ホープ、なのか・・・・？」

その声色は明からに戸惑いを隠し切れない様子で、少し困ったようにホープの顔を見上げている。

「はい、僕です。ホープです。ライトさん、七年間も眠ってたんです。僕は、成長しちゃいました。」

そう言っておどけて笑って見せると、まだ戸惑っているようだったがライトニングはやっとふわりと微笑み、細く白い指でホープの頬を撫ぜた。

「そうか・・・、ホープ、大きくなったな。」
「・・・はい。」

ずっと待ちわびた自分を呼ぶ声。歓びがこみ上げ、ホープはもう一度ライトニングを抱きしめる。泣き顔は、見られたくなかった。

伝えたい言葉が、あったから。

「ライトさんの、目が覚めたら、絶対に言おうと思っていたことがあるんです。」
「ん、なんだ？」

もう抑えることなどできなかった。

「僕、ライトさんが好きです。愛してます。」

ずっと閉じ込めていた言葉が、溢れ出す。

「もう、離しません。何があっても、何が襲っても、二度とあなたを離しません。もう、離したくありません。僕が守ります。あなたを傷つけるもの全てから、絶対に守ります。」

だから、と、続ける声が、震えた。

「もう、離れないで下さい・・・っ・・・」

きつく、きつく抱きしめ、そう言い切ると、少しの沈黙の後、ライトニングの腕が、ホープの背中に回された。

「すまなかった。」

気付けば、ライトニングの細い身体も、その声も震えていた。まるで、泣いているかのように。

「ライト、さん・・・？」

ライトニングがその額をホープの胸に預ける。まるで彼女も、ホープの体温を確かめるかのように。戸惑い、抱きしめる手を緩めると、今度はライトニングが抱きつく力を強めた。

「ずっと、感じていた。お前の、私を呼ぶ声を。だから、かえって来れた。」

ありがとう、そう言って見上げたライトニングの瞳には薄く涙のヴェールが張っていて、ホープはそれを心底綺麗だと、そう、思った。
柔らかな頬にそっとふれて、涙を拭うと、ライトニングが恥ずかしげに笑った。

「私は、ずっと傍にいてもいいか？」

ホープは軽く目を見開いた。
それが素直になれないライトニングなりの精一杯の愛情表現だとわかったから。

「もちろんです。」

だから初めてのキスをした。