目の前に広がる大惨事にサッズは一人、深い溜息を吐いた。 「どうしてこうなっちまったんだ・・・・」 その呟きを聞く者は、いない―・・・、
がはは、とその身体に合った陽気な大声で笑いながらスノウがそう叫んだ。彼はもうすっかり酔っているようで先ほどから普段より更に陽気に、そして饒舌になっていた。 「スノウ飲みすぎだって、ちょっと自重しなよ。」
ジュースのグラスを片手にそう忠告するホープの言葉を聞きながらも、スノウはあまり理解してはいないようで、曖昧に相槌を打ったままニコニコと当たり障りのない笑顔を浮かべている。ホープはその反応に対して小さく溜息を吐いてジュースのグラスに視線を落とす。特に酒が飲みたいというわけではなかったが、そのオレンジ色の甘い液体が注がれたグラスは自分の幼さを強調するようで先ほどからなんとなく憂鬱だった。 「ライトぉ?飲まねえのか?」 ちょうどファングもライトニングがアルコールに手をつけていないことに気付いたらしく、格好の絡み相手と言わんばかりに彼女の肩に手を回す。
「もしかして弱いのか?んなことねぇよなぁ?飲め飲め!」
ホープは見逃さなかった。そんなことを言ってファングがライトニングの注意をひいている隙にヴァニラがライトニングの手元のグラスをアルコール入りのものに入れ替えるその瞬間を。
「誰かに言われて飲むものでもないだろう・・・。」 諦めたフリをしてしっかりヴァニラとはアイコンタクト、である。全く、大人気ない限りだ、ホープは小さな眩暈を覚えた。 「あの、ライトさん・・・」 ホープは忠告しようと顔を上げて目を見開いた。ライトニングは既に何も気付かずグラスを口のところで傾けている。 「あ、ちょっ・・・!」
あわてて阻止しようとするも、一瞬遅かった。 一瞬の、静けさ。(といってもスノウは騒いでいたが、)
どうか、どうか、お酒が好きじゃないだけであってくれますように・・・! そして、彼の嫌な予感は的中した。
「っ・・ふぇ、ふぇぇえ・・・ぇっく・・」 (泣き上戸かーっ!!) 声には出さないが誰もがそう脳内で叫んでいた。意外だ、意外すぎる。ホープは目の前での思い人の急変に再び眩暈を覚えていた。アルコール・・・、恐ろしい・・・、
「やっちまったなぁ?」
その言葉にホープも台詞に詰まった。確かに、誰も想像していなかっただろう。あのライトニングがグラス一杯の酒でこんな風に急変してしまうだなんて。 「ほんと・・・どうするんですか・・・・・」 もう泣きそうだ。どうしようもないとはこの事だ。ホープが困り果ててファングに向かったとき、不意に背後から誰かに抱きつかれた。 「もーしょうがない!無礼講無礼講!」 突然ホープに抱きついたヴァニラは酒のグラスを片手に、頬を上気させ、ご機嫌にほろ酔いである。先ほどまではホープやライトニングと同じようにジュースを口にしていたはずなのに、いつの間に酔うほど飲んだというのだろう。
「ちょ、ヴァニラさんっ!?これ以上面倒ごとは・・・!」 泣きそうになったまま振り返った瞬間だった。口に何か苦い液体を流し込まれた。苦くて、喉を通ると熱い。鼻がつんとする。何を飲まされたか理解した瞬間には既に飲み込んでしまった後だった。ヴァニラは、どう?などと覗き込んでくるが、不意打ちだったせいもあり酷くむせてしまって答えているような場合ではない。次第に頭がぼーっとしてくる。上手く考えられない。 「あれ?ホープ?」 そう尋ねてくるヴァニラの声を最後に世界が暗転した。
しばらく苦しそうにむせていたかと思うとまるで漫画か何かのように真後ろに転倒したパーティー最年少を救うべくファングは立ち上がった。全く、ライトニングもホープも一口に弱いとは言っても弱すぎる、いかがしたものか。そう考えながらホープの肩に手をかけた瞬間、手首をものすごい力で掴まれた。流石に驚き手を離そうとするが容易に振りほどけるような力ではない。ホープにこんな力があったというのだろうか。困惑を隠せないまま呼んだ名に対して、ふっと見上げたその表情は普段では全く見られない鋭いものだった。
「なに・・・?」 いや、明らかに大丈夫ではない。普段の敬語、そして温厚な笑顔はどこへやら。気だるそうに髪をかきあげながら身体を起こすその姿はまるで別人である。 「ホープ?」
流石に心配になったのだろう。ヴァニラもファングと同じくその顔を覗き込もうとするが、覗き込む前に鋭い目で睨みつけられ怯んでしまう。 こいつは酒に弱いんじゃない。酒癖が悪いんだ・・・、
「おい、ヴァニラ、あいつ止めろ。暴れだすかもしれねえぞ。」 武器は収めたままそれぞれ戦闘態勢をとり、ゆらゆらと歩いてくる彼に応戦しようとした一同をホープは軽くやり過ごすと机に突っ伏したままえぐえぐと未だに泣いている様子であるライトニングの元へ向かっていった。 「おい、ちょっ・・・!」 ファングが止める暇もなかった。 ホープはテーブルの上に投げ出されたライトニングの腕を掴み、ぐっと引っ張った。ライトニングといえば突然の出来事に理解が追いつかないまま涙を湛えたままの瞳をホープに向けている。 「ライトさん、」 呼ぶ声も普段のような中型犬がしっぽを振って主人を迎えるような明るいものではなく、低い不機嫌そうな声だ。 「ほー・・ぷ・・・?」 ライトニングも何か違和感を覚えたらしく妙に幼い戸惑った声で少年の名を呼んだ。それは傍から見ても困惑が溢れている呼びかけだったが、ホープはそんなことは関係なくライトニングの腕を掴んだままただ一言、告げた。
「っ、ほーぷぅ・・・うぇ、ふぇええ・・・!」 ライトニングもホープもすっかり我を失くしているようで、ライトニングは子供のようにホープの胸に顔を埋めて泣き出し、ホープはホープで何も気にせず彼女の背に手を回している。 どうすることもできなくて周囲を見渡せば、満足そうな寝顔でぐーすか寝ているスノウが目に入った。ヴァニラのほうをちらりと見るとちょうどヴァニラも同じことを考えたらしい。 寝るが勝ちだ。 そう頷きあった女二人はほぼ同時に豪快に横になり、次の瞬間眠りに落ちた。
騒ぎの中心人物であったライトニングとホープを恐る恐る覗き見ると、先ほどまでの騒がしさが嘘であるかのように彼らは安らかな眠りに落ちていた。 「はぁぁ、平和なもんだなぁ・・・」 苦笑して見つめた先には眠ってもなお硬く抱きしめあうライトニングとホープの姿があった。
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